ザハ・ハディドは世界から愛された建築家です。

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2020年に東京オリンピックが開催されますが、そのメイン会場となる予定の新国立競技場が現在のデザインに決まる前の案となったデザインをご存知でしょうか?

 

こちらが最終デザインで、2019年に完工予定です。

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そしてこちらが当初案です。

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まるで近未来高級スポーツカーのような流れる流線形で誰しもが「おぉ、かっこいい!!」と感嘆してしまうようなデザインですが、このデザインは結局予算の関係上、ボツになってしまいました。

 


本日はこの新国立競技場の当初デザインをしたザハ・ハディド(Zaha Hadid)を称えて記述します。

 

 

 

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ザハ・ハディドの略歴


ザハ・ハディドは1950年10月31にイラクのバグダッドで生まれました。

 


彼女は幼少期、イスラム教徒やユダヤ教徒が共に机を並べ勉強する自由主義的なフランス語学校に通っていて、この頃、政治家の父に連れて行ってもらったイラク南部にあるシュメール文明の遺跡を見て建築に対する関心が芽生え始めました。

 

その後、イラクの近くの国レバノンの大学で数学を学び、

1972年、彼女が22歳時にイラクからイギリスのロンドンに渡り、建築界のノーベル賞といわれる「プリツカー賞」受賞者を多く輩出する

「私立建築学校英国建築協会付属建築専門大学(通称AAスクール)」で建築学を学び始めました。

 

1977年に卒業するとAAスクールでの教師でもあったオランダ人建築家のレム・コールハースの建築設計会社

「オフィス・フォー・メトロポリタン・アーキテクチャ」 (通称OMA) で働き始めました。

 

そして3年後の1980年に独立して「ザハ・ハディッド・アーキテクツ(Zaha Hadid Architects)」を設立しました。


1980年代にはハーバード大学、イリノイ大学シカゴ校、コロンビア大学で教鞭とり、

 

1990年代、2000年代には数多くの国際デザインコンペで賞を獲得しました。

 

ザハ・ハディドが建築界に与えた衝撃


「ザハ・ハディッド・アーキテクツ」を設立したわずか3年後の1883年、「香港ピーク」という香港のビクトリア・ピーク山の頂上に建設予定の高級クラブのデザインを募集する国際建築コンペが開かれ、当時全くの無名であったザハ・ハディドが1等に選出され、建築界に大きな衝撃を与えました。

 

それが時のデザインがコチラです。

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見ての通り奇抜な色を使い、爆発した破片が組み合わさっているような斬新なものでした。

 

しかし残念ながらこのデザインは事業者の倒産により実際に建設されることはありませんでした。

 
アンビルドの女王、ザハ・ハディド

 

アンビルドとは
ある時点を基準に、いまだ建てられていない/建てられることのなかった、実現以前の建築のこと。実現を前提に構想されたが何らかの事情で建つことのなかったものから、実現を目指さず、既存の建築やそれを取り巻く制度に対する批評あるいは刺激剤として構想される建築、あるいはその定義の曖昧なものまで、「建てられることのなかった」という出発点を共有しつつ、さまざまな可能性を含意する言葉。

 

 

コンペなどを通して世界的に有名になったザハ・ハディドですが驚くことに、独立から十数年間は実現に至った建築はありませんでした。

 

その為、彼女は「アンビルドの女王」という異名をつけられてしまいます。

 

しかし1994年、ついにザハ・ハディド初の建物が建築されます。

 


ザハ・ハディドの建築物

1994年、ついに完成した初作品が「ヴィトラ消防署」です。

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これはスイスの家具メーカー「ヴィトラ」社の工場跡地に建設された消防署です。

 

とはいっても消防機能は付いてなく、「ヴィトラ」社のデザイン物として展示されています。

 

この建物を皮切りにザハ・ハディドの建築物が増え、2000年代になると建築技術の進歩により、ザハ・ハディドのような奇抜な設計でも建築可能な建物が増えていきます。

 

その中でも特に美しいと評価が高いザハ・ハディドの作品の一部を紹介します。

 

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ジョッキー・クラブ・イノベーション・タワー

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2013年に建設された、香港理工大学のデザイン学部がある建物です。
この建物は一般公開されています。

 


ヘイダル・アリエフ・センター

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2012年に中東の国アゼルバイジャンに建設された建物で、「ヘイダル・アリエフ」とはアゼルバイジャンの第3代大統領の名前です。

この建物は複合文化施設でコンサート会場、美術館、図書館などが入っています。

 

 

ザハ・ハディドの最後

ザハ・ハディドは近年まで数多くの国際デザインコンペで受賞しています。

 

2002年、シンガポールの都市計画コンペ


2004年、ロンドン五輪の水泳会場アクアティクス・センター


2005年、スイスのカジノ建設計画のコンペ


そして2012年には日本の新国立競技場のコンペで最優秀賞を受賞しました。

 

2004年には女性初の建築界のノーベル賞「プリツカー賞」を受賞し、

2016年には女性建築家初の王立英国建築家協会(RIBA)から優れた建築家に対して与えられる賞、「RIBAゴールドメダル」を受賞しました。

 

しかし2016年3月31日、65歳の時にアメリカのマイアミの病院で心臓発作のため亡くなりました。

 

ザハ・ハディドはなくなりましたが、彼女がデザインした建築物は長く愛され続けていくでしょう。